たとえば、休職中の社員の復職の面談が終わった日。人事の手元に残ったのは、産業医の「まだ早い」という一言だけです。社員からは「面談で強く言われた」と打ち明けられ、上司からは「なんで戻さないの」と聞かれます。
医師の意見を軽く扱えないと感じるのは、人事として当然です。そのうえで、産業医の話し方が高圧的でも、意見を聴いて決めるのは会社です。人事は、理由を聞き返してかまいません。
このページでは、この1件を最後まで追いながら、社員を守ったまま産業医から理由を引き出す一言と、上司と社員への返し方をまとめます。
このページの要点
- 人事が高圧的な産業医に聞き返せないのは、社員を守りたいから
- 産業医の意見は、会社が聴いて決めるための材料。聞き返しは産業医を疑うことではない
- 「何がそろえば戻れますか」で返ってきた条件を、上司には日付、社員には道筋として返す
復職の面談のあと、高圧的な産業医から残ったのは「まだ早い」の一言だけ
「まだ早い」の一言だけでは、人事は社員にも上司にも答えられません。産業医の理由のない結論は、そのまま社員と上司からの問いになって人事に返ってきます。
社員からも、上司からも、同じ日に聞かれる
面談のあと、社員は「あんなに強く言われると思わなかった」と肩を落とします。同じ日の午後には、上司から「人が足りないのに、なんで戻さないの」と聞かれます。
人事の手元にあるのは、産業医の「まだ早い」だけです。どちらに返す言葉も、そこには入っていません。
高圧的と感じる声は、復職の面談に集まる
産業医の態度が高圧的だったという公開の相談を読むと、休職中か復職前の社員からの声が目立ちます。戻れるかどうかが懸かった面談ほど、産業医の一言が刺さります。
同じ「まだ早い」でも、社員には復職の道を閉ざされたように聞こえます。この1件で人事が何を返すかで、社員の受け取り方が変わります。
理由を聞けばいいと分かっていても、産業医に聞けないのは社員を守りたいから
理由を産業医に聞けばいいことは、人事も分かっています。それでも産業医に聞けないのは、聞き返した代償を払うのが、自分ではなく社員かもしれないからです。
次の面談で座るのは、この社員
産業医の機嫌を損ねれば、次の訪問日に同じ産業医の前に座るのは、この社員です。前に聞き返して空気が冷えたことがあれば、なおさら口は重くなります。
公開されている相談の中には、産業医の態度を会社に伝えたら、次の面談で脅すような言い方をされたという社員の声もありました。人事が黙るのは、弱さではなく、社員への気づかいです。
黙っているあいだも、「まだ早い」は届き続ける
ただ、人事が黙っているあいだも、産業医の理由のない「まだ早い」は社員と上司に届き続けます。社員は「会社は戻ってほしくないのか」と受け取り、上司は人事の説明を待ち続けます。
足りないのは、社員を守ったまま産業医に理由を聞ける形です。次の段で、その形を法律の書き方から見ていきます。
法律では、産業医の意見は、会社が聴いて決めるための材料
法律は、産業医の意見に「従う」とは書いていません。会社は意見を聴き、勧告は尊重し、そのうえで決める、という書き方です。
産業医の意見は会社が聴いて決めるもの
労働安全衛生法と厚生労働省の手引きの書き方です。
| 場面 | 法律・指針の書き方 |
|---|---|
| 産業医からの勧告 | 事業者は、当該勧告を尊重しなければならない |
| 健康診断の結果についての意見 | 医師の意見を勘案し、必要があると認めるときは措置を講じる |
| 休職からの職場復帰 | 事業者による最終的な職場復帰の決定を行う |
この表の根拠
- 勧告の尊重:産業医は事業者に勧告でき、事業者は勧告を尊重しなければならない(労働安全衛生法第13条第5項)
- 健康診断の後:事業者は医師の意見を聴き、その意見を勘案して必要な措置を講じる(同法第66条の4・第66条の5)
- 職場復帰:産業医等が意見書を作り、事業者が最終的な職場復帰の決定を行う(厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」第4ステップ)
産業医の意見は、決める人に渡すもの
労働安全衛生法第13条第5項は、産業医は必要があると認めるときは事業者に勧告できると定めています。続けて「事業者は、当該勧告を尊重しなければならない」と書いています。
健康診断の後も同じで、会社は医師の意見を聴き、それを勘案して措置を決めます。休職からの職場復帰でも、厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は、最終的な職場復帰の決定を事業者が行う流れを示しています。
聞き返しは、産業医を疑うことではない
決めるのが会社なら、産業医に理由を聞くのは、決める側が材料を集めることです。産業医の判断を疑っているのではなく、判断を会社で使える形にしているだけです。
産業医の側から言えば、意見は会社に使われてはじめて意味を持ちます。理由まで添えてはじめて、産業医の意見は社員にも上司にも説明できる形になります。
この言い換えで、社員を守ったまま聞ける
「先生の意見に疑問があります」と言えば、問いただす形になります。「会社として決めるために、理由を教えてください」と言えば、決める側が材料を求める形になります。
中身は同じでも、産業医の機嫌を損ねる余地は小さくなります。次の面談で社員が肩身の狭い思いをする心配も、そのぶん減ります。
「まだ早い」は正しかったのか:産業医の言い方と判断を分けて見る
この1件で、「まだ早い」という判断そのものは正しかったかもしれません。社員を傷つけたのは、産業医の判断ではなく言い方だった可能性があります。
厳しい判断は、産業医の役目
産業医は、医学の知識に基づいて誠実に職務を行うよう法律で定められています。根拠は労働安全衛生法第13条第3項です。社員が早く戻りたいと望んでいても、再び休むおそれが高いと見れば、「まだ早い」と伝えるのが産業医の仕事です。
判断が社員の望みと違っても、それだけで高圧的とは言えません。
痛かったのは、判断ではなく言い方
社員に面談で言われた言葉をそのまま聞くと、たとえば「なんでそうなったの」「自分の何が悪かったと思う?」だったとします。「まだ早い」は判断で、こちらは言い方です。
産業医として厳しい判断を伝えるときは、理由と、何がそろえば次に進めるかを一緒に伝えるようにしています。判断を変えずに、受け止められる形で伝えることはできます。
厳しい判断と高圧的な言い方
左は産業医の役目、右は見直してよい振る舞いです。
| 判断として厳しい(産業医の役目) | 言い方として高圧的(見直してよい) |
|---|---|
| 復職はまだ早いと伝える | 「なんでそうなったの」と非がある前提で問い詰める |
| 残業の制限を続けるよう求める | 理由を言わずに結論だけを押しつける |
| 主治医の診断書と違う意見を出す | 人事が理由を尋ねると不機嫌になる |
| 配置換えが必要だと勧める | 社員の話を遮って言葉をかぶせる |
言い方を正すより先に、判断の先を取りに行く
社員が傷ついたのは言い方ですが、本当にこたえたのは「もう戻れない」と聞こえたことかもしれません。判断の先にある「何がそろえば」が分かれば、言い方の痛みも和らぐことがあります。
産業医の言い方そのものに触れるのは、それでも同じ言い方が続くときで足ります。人事が先にするのは、言い方を正すことではなく、判断の先を取りに行くことです。
産業医に返した一言は「何がそろえば戻れますか」
次の訪問日に返す一言は、「何がそろえば戻れますか」だけで足ります。産業医に「上司と本人に説明したいので」と添えれば、問いただす形にはなりません。
「なぜ」より「何がそろえば」
聞き方で、返ってくるものが変わる
同じ「まだ早い」でも、聞き方で手元に残るものが違います。
| 聞き方 | 返ってきやすいもの |
|---|---|
| 「なぜまだ早いのですか」 | 判断の根拠の説明。問いただされたと受け取られると、短い答えで終わりやすい |
| 「何がそろえば戻れますか」 | 次の目安。生活の時間・通勤・勤務時間などの条件 |
| 「上司と本人に説明したいので」と添える | 説明に使える言葉。会社の事情を聞き返されることもある |
同じ判断の先を聞く形なら、産業医も判断を変えずに答えられます。
産業医の側から言えば、「何がそろえば」と聞かれたほうが答えやすいものです。判断を守ったまま、次の目安を話せるからです。
返ってきたのは、理由ではなく条件
この1件で返ってきたのが、たとえば「朝起きて、通勤と同じ時間に出かける生活が2週間続いていれば」という答えだったとします。欲しかった理由は、条件の形で返ってきます。
ただ、条件がそろえば自動で戻れるわけではありません。そろった時点で、仕事をこなせるか、職場の環境はどうかも踏まえて、復職できるかを改めて判断します。
1か月後の面談で「そんなことを言ったかな」とならないよう、条件は意見書にも一行足してもらいます。社員に伝えた道筋が、次の訪問日にずれずに済みます。
会社の事情を伝えるのも、材料を渡すこと
戻る職場の事情があるなら、あわせて産業医に伝えます。「戻る部署は少人数で、時短の社員を受け入れるには配置を変える必要があります」。
会社の事情を伝えるのは、意見を曲げてもらうためではありません。実情に合った意見をもらうための材料を、会社から渡すことです。
産業医の答えは、条件に直せば上司と社員に説明できる
産業医から返ってきた条件は、上司には日付として、社員には道筋として返せます。同じ「まだ早い」が、二人にとって違う意味に変わります。
返ってきた条件を、上司と社員に返す
同じ条件を、上司には日付、社員には道筋として渡します。
| 返す相手 | 返す言葉(たとえば) |
|---|---|
| 上司 | あと2週間、生活の時間がそろえば、次の面談で復職を判断します |
| 社員 | 先生は戻れないと言ったのではなく、これが確認できれば、復職できるかをもう一度判断すると言っています |
上司には「あと2週間、この条件で」
上司に返す一文なら、「なんで戻さないの」に日付で答えられます。
現場の人手が足りないままでも、いつまで待てばよいかが分かれば、上司は仕事の割り振りを組み直せます。
社員には「否定されたのではなく、ここまで来れば戻れる」
社員に返す一言で、強く言われた「まだ早い」が、戻るための目安に変わります。
社員が聞きたかったのは、産業医の言い方への謝罪より、戻る日までの道のりです。会社が条件を取りに行ったこと自体が、社員には、会社が自分の側で動いた証しになります。
意見のあとに「会社が次にすること」まで
サンダーメディコでは、意見を伝えて終わりにせず、会社が次に何をするかを決められる材料までお伝えしています。人事が条件に直す手間を、はじめから産業医の側で済ませておくためです。
訪問日以外に産業医へ連絡できる形を契約で決めておけば、条件の確認を次の訪問日まで待たずに済みます。
それでも高圧的なまま答えが返らないなら、産業医を見直してよい
決める側として産業医に材料を求めても答えが返らないなら、それが答えです。社員への言い方が変わらないときも同じです。
2回、3回と続いたら
産業医に条件を聞いても答えが返らない。会社からお願いしても、社員への言い方が変わらない。聞き返すと、次の面談で態度が硬くなる。
こうしたことが2回、3回と続くなら、産業医を見直してよい合図です。同じ問題が面談のたびに繰り返されると、復職の調整が長引き、社員と会社の双方に負担が生じます。
「気のせいじゃないの」と言われないために
たとえば、産業医の見直しを上司や経営者に相談すると、「先生も忙しいんだから」「気のせいじゃないの」と返されることがあります。印象で話すと、社員を守る話が、人事の好みの話に聞こえてしまいます。
だから、面談の日付と、社員が言われた言葉、条件を聞いて返ってきた答えだけは、短く残しておきます。従業員のメンタル不調に関わる話なので、見られる人は絞ってください。言動がハラスメントにあたるかの判断までは、このページでは扱いません。必要なときは、弁護士や社会保険労務士に相談してください。
今の契約のままでも、相談できる
サンダーメディコには、今の産業医との契約が続いたままでもご相談いただけます。相談は30分・オンラインで、担当予定の産業医本人が伺います。
残しておいた出来事を、そのまま見せてください。替え方は契約の形で変わるので、手順と届け出はコラム「産業医との契約」で解説しています。
よくある質問:産業医が高圧的なとき
- 産業医に聞き返したら、社員への態度が悪くなりませんか?
- 「会社として決めるために」と目的を添えれば、産業医を責める形にはなりません。それでも次の面談で社員への言い方が硬くなったなら、日付と一緒に残してください。産業医を見直してよい出来事です。
- 産業医の意見書に効力はありますか?
- 行政の命令のような強制力はありませんが、勧告は尊重しなければならないと法律にあります。意見を聴き、勘案して、復職や就業上の配慮を最終的に決めるのは会社です。
- 産業医と主治医の意見が違うときは、どちらに従えばよいですか?
- どちらかに従うのではなく、両方の理由を聞いて会社が決めます。主治医は病気の回復を、産業医はその職場で働けるかを見ているので、答えが分かれることがあります。
- 復職の面談に、人事が同席してもよいですか?
- 社員本人の同意があれば、同席する形もあります。人事に聞かれたくない話もあるので、同席しない時間を残しておくと社員が話しやすくなります。
- 社員に「産業医は会社の味方」と言われたら、どう答えればよいですか?
- 産業医は、医学の知識から中立の立場で意見を出す人です。その意見を聴いて決めたのは会社だと伝え、会社の決定と条件を説明してください。
- 話し方のほかにも、産業医に聞きにくいことが多いときは?
- 訪問の時間や、次に会社がすることなど、聞きにくさが話し方だけでないこともあります。お悩み「産業医に相談しにくいのは社員だけではない」で、切り替えて来られた企業が言えずにいたことを場面ごとにまとめています。
- 人事が1人だけの会社でも、相談してよいですか?
- 相談してください。人事を1人で担っている会社ほど、産業医の一言を一人で受け止め、社員と上司の間に立つことになります。気になっていることを、そのままお聞かせください。
決めるのは会社だから、産業医に聞き返していい
黙っていたのは、社員を守るためでした。その社員のために、次の訪問日は「何がそろえば戻れますか」と一言だけ返してください。
返ってきた条件で上司と社員に答えて、それでも変わらないときは、替えると決める前に、気になっていることをそのままお聞かせください。

















