日本医師会が公開している産業医契約書のひな形には、月額に面談が何回入るのかを書く欄がありません。2026年5月の新しい版でも、報酬の欄は「月額〇〇円」と、面接指導などの「〇〇円/件 または 〇〇円/時間」だけです。
産業医との契約書は、こうしたひな形を土台にすることが多いです。初めて産業医を頼んだOh my teeth様の笹谷様も、最初は「どういうことをしていただけるのか、あまり分かっていませんでした」と話します。
何を頼めるか分からないまま判を押すと、面談が増えた年に月額の外で費用が重なります。
産業医との契約の要点
- ひな形だけでは、月額に含む面談の回数が決まらない
- 月額だけで比べると、面談が増えた年に総額が逆転する
- 50人から14日の選任期限と、契約・更新・変更の流れ
医師会のひな形だけでは、産業医の契約書の何が決まりませんか?
日本医師会の契約書の参考例は、月額の報酬と面接指導などの報酬を分けて定める形です。ただ、面談を月額に含める契約もできるので、含まれる回数と追加料金を契約前に確かめます。決まらないまま残りやすいのは、月額に含む面談の回数と、巡視を隔月にするための約束の2つです。
このひな形は、産業医の側に向けた日本医師会の手引きに載っています。手引きは、産業医が職務に見合った評価を得られるように作られ、契約書は事業場と合意した内容で作るよう書かれています。
この参考例は、企業と産業医本人が直接契約する場合を想定しています。紹介会社を通す間接契約や法人との契約では、当事者や内容が変わることもあります。実際の契約では、契約形態や業務範囲に合わせた調整が必要です。
面談の時間や件数の管理も、手引きでは「双方で協議の上決定する」とされています。つまり会社が知りたい「この月額でどこまで動いてもらえるか」は、契約する二者で書き足す前提です。
法令で決まる項目と会社で決める項目
時間をかけるのは、右の「会社で決めること」です。
| 項目 | 法令で決まること/会社で決めること |
|---|---|
| 巡視の頻度 | 毎月1回が原則/隔月にするか |
| 業務の範囲 | 産業医の職務9項目/どこまで頼むか |
| 情報の提供 | 会社の義務/何をいつ渡すか |
| 勧告の扱い | 尊重する義務/受け取る窓口 |
| 契約期間 | 定めなし/1年更新か |
| 解約 | 辞任・解任は報告/予告の期間 |
| 報酬 | 定めなし/含む業務と別料金 |
この表の根拠
- 巡視の頻度:少なくとも毎月1回。会社が毎月所定の情報を提供し同意していれば、2か月に1回にできます(労働安全衛生規則第15条)
- 業務の範囲:健康診断の事後措置・面接指導・ストレスチェック・作業環境の管理・健康相談などの9項目が定められています(同規則第14条第1項)
- 情報の提供:会社には産業医へ労働時間などの情報を提供する義務があります(労働安全衛生法第13条第4項)
- 勧告の扱い:産業医の勧告を会社は尊重しなければならず、勧告を理由とする解任などの不利益な扱いは禁止されています(同条第5項・同規則第14条第4項)
- 解約:産業医が辞任・解任されたときは、遅滞なく衛生委員会などへ報告します(同規則第13条第4項)
契約の前に書き足す2つ
1つめは面談の回数です。月額に何回まで含むか、超えたら1件いくらか、意見書や主治医への照会は別料金かを書き足します。
たとえば「従業員との面談は月1回30分までを月額に含み、超えた分は30分ごとに〇〇円とする」の一文です。手引きの解説にも、月々の時間と報酬を先に決め、超えた分を別に定めるやり方が示されています。これがあるだけで、面談が増えた年の総額を契約の時点で読めます。
2つめは巡視の頻度です。隔月にするには、会社から産業医への毎月の情報提供と会社の同意が要ります。この運用が契約書にないとあとで認識がずれます。
産業医の契約書には何を書きますか?
産業医の契約書には、選任・職務内容・会社の責務・個人情報・秘密の保持・報酬・補償・契約期間・反社会的勢力・協議の10項目を書きます。日本医師会の新しい手引きにある契約書の参考例が、この10項目で組まれています。職務の報酬の単価は、別表として後ろに付けます。
契約書の参考例の条と会社が確かめること
第1条から第9条まで(第4条の2を含む)を、会社の側から読んだ順に並べました。
| 条 | 書くこと/会社が確かめること |
|---|---|
| 第1条 選任 | 産業医として選任する/どの事業場か |
| 第2条 職務内容 | 基本の職務と協議して頼む職務/面談がどちらに入るか |
| 第3条 会社の責務 | 情報の提供・勧告の尊重など/何をいつ渡すか |
| 第4条・第4条の2 | 個人情報の扱いと秘密の保持/契約が終わった後も続くか |
| 第5条 報酬 | 月額と別表の単価/超えた分をどう払うか |
| 第6条 補償 | 職務中や移動中の損害/どう話し合って解決するか |
| 第7条 契約期間 | 1年・自動更新・1か月前の予告/後任を探す時間があるか |
| 第8条・第9条 | 反社会的勢力の排除・協議と裁判所/どこの裁判所か |
この表の根拠
この参考例は産業医の側に向けた手引きに載っているので、会社の側から見て足りない約束もあります。たとえば第7条の解約の予告は1か月前までですが、後任を探して契約書を結ぶには1か月では足りないこともあります。
契約書を結ぶ前に確かめるのは、第2条で面談がどちらの職務に入るかと、第5条で超えた分をどう払うかです。上の「書き足す2つ」と一緒に見てください。
産業医とはどんな形で契約しますか?
嘱託の産業医とは、業務委託契約を結ぶのが一般的です。日本医師会の手引きは、産業医の職務を、仕事を任せる準委任の性質を持つ契約と位置づけています。社員として雇う雇用契約とは別の形です。
産業医は、紹介会社を通す方法と、直接依頼する方法があります
産業医を探す方法には、紹介会社を利用する方法と、産業医本人や産業医が運営する法人に直接依頼する方法があります。紹介会社を利用する場合も、紹介だけを受けて直接契約するケースと、紹介会社のサービスとして契約するケースがあります。
どの方法でも、契約相手・担当する医師・訪問日以外の相談窓口・費用を確認しておくことが大切です。
直接契約と間接契約
誰と契約書を結ぶかで、確かめる相手が変わります。
| 形 | 契約書の結び方/会社が確かめること |
|---|---|
| 直接契約 | 会社と産業医が直接1本結ぶ/業務と報酬を産業医本人と決める |
| 間接契約 | 会社と紹介事業者、紹介事業者と産業医の2本/会社の契約書に産業医の名前と業務があるか |
この表の根拠
間接契約では、会社が契約書を結ぶ相手は紹介事業者です。契約書に担当する産業医の名前と、その産業医がする業務が書かれているかを確かめます。
医師が個人で契約するか、医療法人などの法人が契約するかでも、報酬の税務の扱いが変わります。違いは後の「産業医の報酬は給与になりますか?」の節で表にしています。
産業医の月額はどう比べればいいですか?
月額が安くても面談が都度払いなら、面談が増えた年に総額が逆転することがあります。だから月額は、数字ではなく含まれる業務と並べて比べます。
面談の数は年によって大きく変わります。トラストネットワークの渡邉様は「一度復職した方が、すぐに再び休職になってしまったこともありました」と話します。
休職・復職が続く年は、面談も意見書も増えます。都度払いの面談が30分15,000円(サンダーメディコの追加面談の単価・税抜)なら、月2回増えるだけで月3万円、半年で18万円です。
その年が来るかどうかは、契約の時点では分かりません。だから見積もりは次の項目を月額の横に並べて読みます。
月額に含むかを分けて見る項目
同じ月額でも、ここが違えば年間の総額は変わります。
| 項目 | 月額に含むか/確認すること |
|---|---|
| 訪問 | 回数と時間/延長は別料金か |
| 従業員面談 | 月何回まで/超えたら1件いくら |
| 高ストレス者の面接 | 別料金の場合がある/1名いくら |
| 健診の就業判定 | 人数の上限/超過は1名いくら |
| 主治医への照会 | 契約による/1通いくら |
| 交通費 | 実費の場合が多い/遠方の出張費 |
| オンライン面談 | 含むか/対応する時間帯 |
相場の幅を一般論で書かない理由
サンダーメディコの場合
月額は3万円・5万円・7万円(税抜)の3つで、差は訪問頻度だけです。3万円は原則オンラインで訪問を含まず、5万円は2か月に1回、7万円は毎月1回の実地訪問を含みます。
人事労務の相談・月1回30分の社員面談・健康診断後の就業判定・年1回のストレスチェック(99名まで)は、3つとも基本料金に含みます。追加の面談や訪問の金額は、嘱託産業医サービスの料金表に載せています。
契約の前に産業医へ頼むことはどう決めますか?
産業医に頼むことは、定期・年1回・必要なときの3つに分けて決めます。毎月の訪問と衛生委員会だけでよい会社もあれば、休職者の面談が続く会社もあります。私は契約前に会社の状況を伺い、「この会社では産業医をどう使うのか」まで認識を合わせてから契約します。
定期・年1回・必要なときに分ける
この表を埋めたものが、契約書の業務範囲の土台になります。
| 区分 | 業務/時期 |
|---|---|
| 定期 | 職場巡視/毎月か隔月 |
| 定期 | 衛生委員会/毎月か隔月 |
| 年1回 | 健康診断後の対応/健診の時期 |
| 年1回 | ストレスチェック/実施の時期 |
| 必要なとき | 長時間労働者の面談/発生時 |
| 必要なとき | 休職・復職の面談/発生時 |
| 必要なとき | 高ストレス者の面接/結果が出た後 |
「必要なとき」の行が、月額に含めるか都度払いにするかの分かれ目です。料金のプランは同じでも、訪問の時間を何に使うかは会社ごとに変えます。
休職・復職者が多い会社は面談を多めに、案件の少ない会社は巡視と衛生委員会を軸に。決まった型に会社を合わせるのではなく、その会社で起きている課題に産業医の時間を合わせます。
「産業医の職務」は法令でどう決まっているか
従業員が50人になったら、産業医をいつまでに選任しますか?
産業医は、従業員が50人になった日から14日以内に選任します。常時50人以上の事業場には、産業医の選任義務があるためです。選任後は遅滞なく労働基準監督署長に報告します。
ところが候補探しから契約までは、14日より長くかかります。ひな形に書き足す相談まで含めると、50人が見えてきた段階で動き始めるのが現実的です。
選任の期限・報告と、専属の産業医が要る場合
- 選任の期限:労働安全衛生規則第13条第1項第1号
- 選任義務:労働安全衛生法第13条第1項・同法施行令第5条
- 労働基準監督署長への報告:同規則第13条第2項
- 専属の産業医:常時1,000人以上の事業場と、一定の有害業務に500人以上が就く事業場で必要です。50人前後の会社は、月1回や隔月で訪問する嘱託産業医が基本です(同規則第13条第1項第3号)
産業医の契約から更新・変更まではどう進みますか?
ひな形を埋めるのは、業務範囲と報酬を詰めた後です。契約は、所在地・人数・訪問頻度・予算の整理から始めます。
契約までの5ステップ
| ステップ | やること/ポイント |
|---|---|
| 1 | 条件を整理する/所在地・人数・訪問頻度・予算をまとめる |
| 2 | 候補と顔合わせをする/経歴より噛み合わせを確かめる |
| 3 | 業務範囲と報酬を詰める/月額に含む業務と都度払いを分ける |
| 4 | 契約を結ぶ/ひな形に面談と巡視の運用を書き足す |
| 5 | 労働基準監督署へ報告する/選任後は遅滞なく(規則第13条第2項) |
候補との顔合わせで確かめること
顔合わせでは経歴より噛み合わせを確かめます。自社の働き方を分かってもらえるか、訪問日以外に相談できるか、休職や復職の場面でどう動くか。この3つを聞いておきます。
更新の前にこの1年を振り返る
契約は1年更新が一般的です。更新の前に、この1年で面談や訪問がどれだけあったかを数えてください。月額に含む面談の回数は、この数字で決め直せます。
産業医を替えるときは、後任を決めてから今の契約を終えます。その前に「これまで何に困っていたか」を書き出しておくと、次の顔合わせで何を聞けばいいかが決まります。
産業医を変更する6ステップ
| ステップ | やること/ポイント |
|---|---|
| 1 | 解約の条件を確かめる/現在の契約の予告期間 |
| 2 | 後任の産業医を決める/決めてから現在の契約を終える |
| 3 | 衛生委員会などへ報告する/辞任・解任のときは遅滞なく |
| 4 | 労働基準監督署長へ報告する/後任の選任報告と一緒にできる |
| 5 | 後任の選任を報告する/労働基準監督署へ |
| 6 | 対応中の従業員を引き継ぐ/フォローを切らさない |
この表の根拠
- 衛生委員会などへの報告:産業医の辞任・解任は、遅滞なく衛生委員会などへ報告します(労働安全衛生規則第13条第4項)
- 労働基準監督署長への報告:産業医の辞任・解任・退任は、遅滞なく労働基準監督署長へも報告します。後任の選任報告で前任者の辞任等の年月日を報告すれば、別に出す必要はありません(同条第5項・2026年8月1日施行)
- 後任の選任の報告:新しい産業医の選任を労働基準監督署へ報告します(同条第2項)
産業医の報酬は給与になりますか?
医師個人と契約すると、産業医の報酬は原則として給与として扱われます。法人と契約した場合は源泉徴収が要りません。消費税は、医師個人なら原則として不課税、法人が受け取る委託料は基本的に課税対象です。契約形態や業務実態で扱いが変わることもあるので、実際の処理は税理士などに確認してください。
医師個人と契約した場合と法人と契約した場合
契約書の当事者欄が個人名か法人名かで、処理が変わります。
| 項目 | 医師個人と契約/法人と契約 |
|---|---|
| 源泉徴収 | 原則として給与扱い/不要 |
| 消費税 | 原則不課税/基本的に課税 |
| 収入印紙 | 原則不要/原則不要 |
| 勘定科目 | 給与関係か報酬/支払報酬など |
この表の根拠
- 医師個人と契約:開業医(個人)が事業者から受け取る産業医報酬は、所得税法上は原則として給与に該当するものとして扱われています。消費税は原則として不課税です(国税庁 質疑応答事例「産業医の報酬」)
- 法人と契約:医療法人が勤務医を産業医として派遣して受け取る委託料は、消費税の課税対象です(同)
- 注意:税務の扱いは契約の実態で結論が変わります。最終的な判断は顧問税理士に確認してください
産業医との契約についてよくある質問
- 契約書は絶対に必要ですか。
- 法令で契約書の形式は決まっていません。ただ、月額に含む業務と都度払いの業務・訪問頻度・解約の条件は、書面に残しておくとあとで揉めません。
- スポット(単発)の契約だけで済みますか。
- 50人未満で選任義務がない会社なら、面接指導や健康相談が必要なときだけ頼む形は選択肢になります。50人以上の事業場は特定の医師を選任して届け出る必要があるので、スポットだけで義務は満たせません。
- 複数の事業場を1人の産業医に頼めますか。
- 選任は事業場ごとですが、嘱託なら同じ医師が複数の事業場の産業医になれます。拠点が離れているなら、巡視は現地、面談はオンラインと分けて契約に書いておくと回ります。
まとめ│産業医の契約は入口。差が出るのは契約した後です
産業医との契約で先に決めるのは、月額ではなく、その料金で産業医がどこまで動くかです。ひな形に面談と巡視の運用を書き足し、見積もりは含まれる業務と並べて比べてください。
最初は何を頼めるのか分からなかった笹谷様の会社も、いまは健康診断やストレスチェックの相談から、気になる従業員の面談まで頼めています。契約は入口にすぎません。顔合わせでは「この先生と年単位で一緒にやれるか」を確かめてください。














